合格はその人その人の運命を感じる。1つの教室で授業をして、何人中何人合格したかというものではなく、全員、私が個人指導をしている生徒の結果です。合格というより辛いことの方が多すぎる。
※合格校は()内に記載
●大学入試
・私が個別指導を終えるまで、教室の外で父母、本人の3人で立って待っていたことが印象に強く残っている。その際”3浪目になるのですが入塾できますでしょうか?”と言われたので”はい”とだけ答えた。私は誰にでもあれこれ聞かない。ましてや”元気を出せ”などとも言わない。大事なのは現在の数学の状況だけである。少し通っているうちに数Ⅲは教科書をもう一度やるべきと言うと、1カ月ぐらいで終えてしまった。次に私が作成したテキストを進めた。その後、秋口に体調を崩し、入院してしまった。学力より精神的に本当に辛かったと思う。受験を終えて合格したことを報告に来たとき、涙ぐんでいたように思う。
(横浜市立大・医、東邦大・医、日本医科大・医、日本大・医)
・現役の時、数学が苦手ということでやってきた。厳しいことも随分言ったと思う。最後には合格する力は持っていたと思ったが、志望校に落ちてしまった。落ちた報告を聞いたときに、私は予備校に通うことを勧めた。(予備校へ通っても何にもならない人は多いが、彼は当塾で学ぶよりも良いと思った。)予備校に通いだして1年後、補欠だった学校に合格。その日の内に報告しに来てくれた。
(杏林大学・医)
・当塾で個別指導を受けてから、初めての学校の定期テストで満点をとり、本人と母親が驚いていたことが印象に残っている。高校で数Bをやっていないということで、数列、ベクトルを1から当塾で学んだ。教科書の基本を終えて、センターの過去問を初めて解いたとき、1問に2時間くらいかかっていた。学ぶにつれて、だんだん解く時間は短くなっていったが、志望校には現役では無理であった。
(東京学芸大・初等・社会、帝京大・文・教育)
・何をやっても良くできた。しかし、落ちた。私には何故落ちてしまったのかわからない。改めて入試というものを考えさせられる。おそらく1つ、つっかえ自信を持てずに次々入試を受けていったのだろう。今は、大変有意義に勉強しているようだ。
(東京理科大・第二工・建築)
・問題の上に例題がないと解けない。(今の生徒には多い。)推薦で合格すると思って勉強していたのがいけなかったのだろう。推薦に落ちた後は本人も真剣になったが、すぐにはよくならなかった。私自身困っていたが、穴埋めだとできることを見つけ、そこからジワジワできるようになっていった。最後には、考える力がついて理系らしくなった。
(東京電機大、日本大・生産工)
・学校の定期テストは何とかなったが、入試の総合問題になるとできない。本人が推薦を希望し合格した。
(東京薬科大)
・社会人で派遣社員として仕事もしていたようだ。私が何か言えばできるが、問題を1人で解くといろいろ失敗しながらかなりの時間をかけて解いていた。最後には模試での成績も相当上がったと言っていた。1つ1つをなるべく自分で解いていくのが大事なのだとつくづく思った。それでも模試の成績から推すと、本番ではまだ力は出しきれなかったのだろう。
(帝京大学・薬、武蔵野大・薬、城西大・薬)
・高3になり数学は必要なくなり、引き留めたわけでもないが、英語と国語を当塾で学ぶ。うちのように商売っ気のない私塾が好きだったのかもしれない。
(聖徳大・児童学部児童学科児童文化コース)
●高校入試
・英語と国語がよくできて、数学だけができないので入塾した。初めのうちはつっかえるとすぐに質問してきたが、”英単語がわからないのとは違うから、もう少しじっくり取り組みなさい”と言った。それまでの『できないと答えをすぐに聞く、または解答を見る』習慣から、少しずつ1人で考えて解けるようになり、自信がついていったようだ。この自信がついてくるということこそ、数学にとって大事なことである。この自信はヒントを聞いたりしていてはつかない。自分で考えて解くことでついてくる。
(都立西高)
・英語はよくできる。数学も授業後ならよくできる。棒暗記ではないのだが、解答が頭に残るようだ。しかし少し日が経つとできなくなる。(こういう生徒は実に多い)やはりできなくなった時、基本に立ち返り、じっくり考えて自分で解答に辿り着くことが大事なのだと思う。
(都立深川高(外国語コース))
・12月頃に付属中学から外に出るように急に言われ、(高校の紹介や試験対策など一切なく、学校は教育の場なのか、と思った)高校入試勉強の英・数・国を学ぶ。一般入試を受けるつもりだったが、推薦で合格してしまった。
(駒場学園)
●中学入試
・第1志望への合格は難しいかと思っていたが、追加合格した。
(横浜共立学園、浦和実業学園(A特待)、専修大松戸、山脇学園)
・母親の協力もかなりあり、四教科とも当塾だけで上手くやれた。最後の最後で合格した。
(かえつ有明、仙台育英)
・小1から入試直前まで母親が送り迎えをしていた。ずっと受験のことを考えていた。
(駒場東邦中)
常に本人に良い形を考えます。入塾の時も当塾を勧めたりしないのは、自信がないわけではなく、本人が本当に通いたいときのみ入るのが良いと思うからです。
